物語

20年間、雑魚として生きてきた けいの思い出物語

こんにちはー、けいです。

 

今日は昔の僕って雑魚すぎたなーと思ったことを

ひたすら書いていきます。

 

マジで僕は生まれた頃から情けなかった。

 

思い返せば保育園時代。

僕は保育園の時から能力が人より落ちぶれていた。

 

毎回の休み時間に泣いていた僕。

 

保育園の教室から50メートルくらいのところに、倉庫があるのだが、

毎回の休み時間にそこにある車のオモチャの争奪戦が始まる。

 

 

そこはもう完全に実力社会であった。。。

 

走りの速い奴が勝つのだ。

 

僕は走りが遅すぎた。

 

みんなが好きなおもちゃを取り終わってから追いついて、

めちゃくちゃボロボロのピンク色の車のおもちゃだけがいつも残されていて

僕はそれを毎回泣きべそかきながら仕方なしに車のおもちゃにまたがって乗っていた。

 

「なんでぼくは足がおそいんやろ。。。」

 

「ボロボロのやつ。。。いやや。。。」

 

とか思いながらも仕方なしに乗っていた。

 

友達とかに貸してもらおうとしても、保育園の友達はみんな性格悪すぎた。

 

ぼく「そのでっかい三輪車かしてよ!!」

 

Mくん「は?おれのやし。どっかいけブタ〜」

 

ぼくは太っていたから、その言葉を聞いてさらにわんわん泣いた。

 

あの頃は悔しかったなぁ。。。。

 

さらに思い出したのだが、

毎年、夏にあるプールの時間。

 

ぼくは水に顔をつけることすらできなかった。。。

 

ぼくは保育園の先生から親に連絡されて、

スイミングスクールに通わされることになった。(これは今思ったらマジで助かった。)

(もしこれいってなかったら今頃泳ぐことすらままならない。)

 

そのスイミングスクールには、13級〜1級までのクラス分けがあったのだが、

ぼくはもちろん13級から始まった。

 

なかなか13級から12級には上がらなかった。笑

 

今考えてもマジで下手くそだったな。

 

今思えば、なぜ結果が出なかったかといえば、

嫌々スイミングスクールに入ったからなのかもしれない。

これはビジネスに通ずるかも。

 

ぼくより2年も3年も後に入った友達たちに

どんどん級を追い抜かれまくっていった。。。

 

ぼくは運動神経がなさすぎて、7年間通って7級くらいまでしか上がらなかった。

(友達は最低でも4級、みんな2級とか1級まで行ってた。)

 

スイミングはセンスなさすぎて、小6でやめた。周りに追い抜かれすぎてしょげた。

 

小学校の頃は他にもいろいろ情けないことがたくさんあった。

 

小学校1年生の時は、みんなチャリに乗って遊びに行ってるのい

ぼくひとりだけ自転車にまだ乗れないから、走って友達の自転車をおっかけてたw

 

けい「まってーーー!Sくん! はやいよ〜!」

 

Sくん「なんで自転車のらへんの?w もしかして自転車乗れやんのやろ?w」

 

けい「いや、乗れるけど乗りたくないだけやし!!」

 

とか素直になれなくて、うそつきまくってたw

 

帰ってお母さんに自転車乗れないことをバカにされて悔しかったことを話して、

次の日近所の公園で一緒に自転車に乗る練習してもらったなぁ。。。懐かしい。

 

自転車に乗れるようになった日には、

「乗れるぜー!!」って言って、お父さんに自慢してたら、

家の前の壁に激突して大ケガしたなんてこともあったww

 

いやーマジで小学生の時はドッジボールも

片手でボール投げられへんから、両手で頭の上から振り下ろすように投げてたしw

 

本当に惨めだったww

 

そんなぼくも小学校卒業して、中学校に入ったら、

テニス部に入った!

 

漫画、アニメの テニスの王子様 に憧れていたのだ。w

 

だが、当時のぼくはおデブちゃんだったので、

テニプリの主人公 越前リョーマくんのようには全くいかなかったw

 

ぼくがテニスのサーブ権を持つ側だったときのこと。

 

サーブが1本も入らなくて、そのままゲーム交代した。w マジで泣きそうだった。

 

そんなテニス部も、弱すぎて、友達にいじめられて、

ちょうどオンラインゲームにもハマって、辞めることになった。

 

テニス部を辞めてからはちょっと不登校気味になった。

現実世界では雑魚すぎて相手にされなくなったので、

オンラインゲームの仮想世界に没頭したのだ。

 

ゲームの世界では、能力は全て数字だったから。ぼくにも能力を上げることができた。

中学1年生のぼくは、お昼ご飯代をケチって、内緒でゲームに課金して

ガシャポンチケット(課金アイテム)を買いまくっていた。

 

ぼくはもう Endlesssky彡(ゲームの中の名前)になりきっていた。

 

課金していたからそれなりに強くて、

みんなから慕われていた。 リアルでは雑魚なのに、ネットでは粋がっていた。

 

次第に中学校は完全に引きこもりになって、

セミ不登校みたいな感じでたまーにしか学校に通わず、

そのまま高校へ行くこととなった。

 

高校ではさすがにこのままの人生の流れだとやばいと思って、

本気だそうとしてみた。(いわゆる高校デビュー。)

 

初めての美容室に行き、髪を切ってもらったり、積極的に話しかけてみたりした。

(今まではお母さんと一緒にパーマ屋さんにいってた)

 

高校入って最初の半年間はまあまあ普通に生きれた!

 

しかし、そこでもまた事件が起こった。

 

ある日突然、クラスのヤンキーかぶれみたいなやつに呼び出されて、

 

「お前、調子乗ってんちゃうぞ!!!!!」

「次、調子乗ってたら…殺すからな。」

 

と言われ、完全にビビり切ったぼくは

 

次の日からは

学校に行っても休憩時間はずっと机の上にうつ伏せで寝たふりをすることしかできなかった。

 

朝行ったら、机の上によだれみたいな液体がついていたときもあった。

 

またそこから不登校気味になってきた。

 

そんなこんなで高校時代もそこまで友達もできないまま過ぎ去った。。。

 

もちろん、彼女なんて当然できるはずもなかった。

 

そして大学、

高校デビューで事故った経験を踏まえた上で、大学デビューをした。

 

できるだけ調子に乗らないように、した。w

 

ぼくは入学してとにかく友達が欲しかったので、

「ボール遊びサークル」みたいなのに入ろうと思って新入生歓迎祭にいった。

 

そこではいろんな部活や、サークルなどの勧誘が行われている。

 

で、そのとき初めて出来た大学の友達といったのだが、

友達のNくんが突然、

「バンドやろうや!!」

とか言いだして、 バンド系のサークルのブースにいった。

 

で、バンド系のサークルの人の話を聞いているうちに、だんだんバンドがやりたくなってきて、

Nくんに

「俺もバンドサークルに入ることに決めたわ!!」

 

って行ったらNくんが行った言葉。

「マジか!!いいやん!!俺はもうちょっと考えるわ!!」

 

突然の裏切りにあった。w

 

そのままNくんは陸上部に入って

ぼくはバンドサークルでバンドを始めて行くことになった。

 

バンドは予想以上に楽しかった。

 

ぼくは

「弦が4本しかなくてギターより簡単そう。」

と言う理由からエレキベースを始めることにした。

 

そのまま本当にバンドに没頭した。

約3年間、バンドに没頭し続けた。

 

勉強もバイトも何もかも、そっちのけで。

 

その結果ぼくは大学3年生の冬、追い詰められたのだった。。。笑

 

そんな追い詰められたぼくはビジネスの世界と出会い、

そして後に大学3年生にして月収100万円を稼ぐこととなる。

 

そのエピソードについては記事の最後で紹介しているのでみていただきたい。

 

ぼくがこのメッセージで伝えたかったのはビジネスには才能なんて全く関係ないし、

勉強も、運動も、音楽も、コミュニケーションも下手くそだったぼくにだって

こうやって人に感謝されながらお金を稼ぎ続けることができる。ということだ。

 

根は雑魚だった。 だから、人より頑張るしかない。

 

頑張らないと雑魚すぎることはわかりきっていたので

ひたすらがんばった。

 

ぼくと実際にリアルで話したことがある人はわかると思うが、

ぼくは本当に今でもコミュ障だ。

 

しかし、YouTubeの動画を見てもらったらわかるが

ある程度滑らかに話すことができる。

これも、練習の成果だ。

 

最近はいろんなセミナーだったり、懇親会に顔を出すことも多いが

そんな中でもコミュ障すぎて全然人に話しかけることができない。笑

 

そんなんでも金は稼げるようにもなれるし、文章だって最初は下手くそだったけど

まともに書こうと思ったら、それなりには書けるようになってきた。

 

これも練習の成果だ。

 

勉強し、勉強し、勉強しまくって、ようやくできるようになったのだ。

 

そのためにはお金だって最初は借金してまで使ったし、

今でも月に何十万、何百万と、勉強のためにお金を投じてる。

 

もちろん、それは能力がなかったぼくだったから、

そうしないと絶対に勝てなかったのだ。

 

オンラインゲームをやっていたときだって

プレイヤースキルじゃ勝てないから、課金して、金の力でどうにかするしかなかった。

 

ぼくはしょぼい。

 

しょぼいからこそ、ちまちまコツコツ勝っていくしかなかったのだ。

 

たまに1ヶ月半で月収100万なんてすごい!

 

と言われることもあるけど、それだってぼくは

実際に作業し始めてから1ヶ月半なだけで

実は3ヶ月前からビジネスについて毎日ずっと調べ続けまくっていたのだ。

 

どんな成功物語にも、裏のエピソードがある。

 

イチローだって「天才だ!天才だ!」なんて言われてるけど、

他の人より絶対に1打席に対する重みが大きいと思うし、

小学校の時から毎日バッティングセンターに通っていたらしい。

 

絶対に土台がある。

 

ビジネスにも土台が必要だ。

 

だからといって、

今現在、土台がないからといって、諦める必要はない。

 

土台は、今から作ればいいのだ。

 

ビジネスなんてちゃんと学んで実践すれば、

数ヶ月もあれば誰でも会社員の収入を超えることくらい簡単だ。

 

野球とかサッカーとかは小さい頃からやってないとプロになれないかもしれないけど、

ビジネスなんてプロになる必要なんてないし、

 

1〜3年本気で頑張れば、

周りが驚愕するような収入を得られるようになることだって可能。

 

もちろん、収入だけじゃなくて、時間も、精神的な自由も、なにもかも手に入れることができる。

 

男の人なら風俗だってキャバクラだって行き放題だ。(さすがに毎日はきついが)

女の人なら旦那になんか頼らずとも、自立していくことも簡単になる。

 

ぜひそんな自由な未来を目指したいのであれば、

この文章を見て勇気をもってビジネスを始めて行っていただけたらと思う。

 

立花 京

 

 

ビジネスを始めるきっかけとなった続きの物語はこちらから。

勇気と借金背負った月収100万円物語

 

 


--------------------------



僕が月収100万を稼ぐ秘訣を語る

メールマガジンもやっています。



メールマガジンの方では

ブログやYouTubeでは配信してない内容や

読者さん限定の企画、

僕の人生が変わった情報などを配信しまくっています。



興味のある方は、下記バナーからどうぞ。